まちづくり・モビリティ
電気利用の最適化をテクノロジーで実現。よりクリーンで持続可能なエネルギーの未来へ:Nature株式会社
2025.01.30
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インタビュー者紹介
Nature株式会社
代表取締役
塩出 晴海 氏Shiode Haruumi
スタートアップ企業を筆頭に様々なパートナーと連携し、エネルギーや環境、次世代技術に関する課題解決や新しい価値創造を目指すENEOS CVC。 今回は、2024年2月にENEOS CVCから出資を行い、同年5月にはENEOS Powerおよび三菱自動車工業株式会社と電動車を活用した実証開始を発表した「Nature株式会社」を紹介します。 。
同社は、2017年にスマートリモコン「Nature Remo」を発売。家庭内の家電をインターネットを通じて簡単に操作できる仕組みを提供し、日本のスマートホーム市場で草分け的な役割を果たしています。2019年にはスマホHEMS「Nature Remo E」を発表し、エネルギーマネジメント事業に参入。IoT機器を通じて、家庭のエネルギー利活用の最適化に取り組み、再生可能エネルギー主体の未来への移行を目指しています。
今回は技術革新とサステナビリティの両立を実現する同社の歴史や目指す姿、そしてENEOSとの連携の経緯について、創業者の塩出晴海氏に話を伺いました。
スマートホームからエネルギーマネジメントへ
-まずはNature社の概要について教えてください。
弊社は、スマートホーム事業とエネルギーマネジメント事業を展開しています。
スマートホーム事業では「Nature Remo(ネイチャーリモ)」というシリーズを販売しています。これはエアコンや家電、照明などを遠隔で操作できるスマートリモコンで、スマートスピーカーと連携させた音声操作などライフスタイルに合わせてカスタマイズできる点が魅力です。
エネルギーマネジメント事業では、太陽光や蓄電池、エコキュート等のエネルギー機器の電力モニタリングや最適制限などを行う「Nature Remo E(ネイチャーリモイー)」を販売しています。さらに、電力小売事業者向けに「デマンドレスポンス支援サービス」を行なっており、スマートデバイスを活用した需給ひっ迫時の電力需給バランス最適化などをサポートしています。
-「Nature Remo」は累計販売台数70万台を超えた人気シリーズですが、製品についてもう少し詳しく教えてください。
「Nature Remo」は、エアコンやテレビなどの赤外線リモコンを備えた家電であればメーカーや型番・年式などに関係なく使用できるため、幅広いユーザーにお使いいただけるプロダクトです。
具体的には、エアコンの節電制御や快適な室温制御機能を備え、自然の石をモデリングしてデザインを一新した「Nature Remo Lapis」、温度・湿度・照度・人感の4つのセンサーを搭載したフラッグシップモデル「Nature Remo 3」、温度センサーのみ搭載のスタンダードモデル「Nature Remo mini 2 / Premium」、スマートホームの共通規格Matterに対応したエントリーモデル「Nature Remo nano」があります。
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参考:Nature Remoシリーズ Nature Remo(ネイチャーリモ) – Nature公式サイト
一方「Nature Remo E」は太陽光パネルを持っていて、かつ、エコキュートや蓄電池、EVといったエネルギーリソースを持っている方がメインユーザーとなるため、「Nature Remo」とはターゲットが異なる位置づけですね。
これまで培ったスマートホーム事業を礎に、今後はさらにエネルギーマネジメント事業を加速させていきたいと考えています。
-エネルギーマネジメント市場は年々注目度が高まっていると感じますが、どのような状況なのでしょうか。
政府でも機器自体がデマンドレスポンスに対応できるDRreadyという仕組みを提唱しているほか、2026年度から低圧リソースが需給調整市場に参画できるようになることが決まっています。エネルギーマネジメント市場は、今がまさに転換期だと感じますね。
またつい先日、資源エネルギー庁から「第7次エネルギー基本計画」の骨子が発表されました。原子力を一定数で維持しつつ、再生可能エネルギーを一番の主力電源にしていくという方向性は以前と変わっていませんでしたが、再生可能エネルギーを増やしていくのであれば、それらを調整する力や仕組みが必要です。弊社のような関連企業にとっては、今後より一層“再生可能エネルギーの調整力”が大きな課題になると感じました。
-市場が拡大する中で、今後エネルギーマネジメントサービスを提供する企業が増えていくかもしれませんが、貴社のサービスにはどのような優位性や特徴があるとお考えですか。
まず第1に、ハードウェアからエネルギーマネジメントのサービスまでを提供し、さらに電力会社との繋ぎ込みまで行っている企業は国内に他にないと考えています。
またIoT機器という観点から弊社のプロダクトが支持されている最大の理由は、デザインまで含めたUI/UXにあると自負しています。実際の利用者からは「アプリが使いやすい」「デバイスのデザインがいい」といった口コミを頂戴しており、サイトのレビューを見ていただければ納得いただけると思います。
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社名「Nature」の由来
-起業のキッカケを教えてください。
「Nature」という社名は、私のヨットでの原体験に由来しています。そして、その背景には私の家族の歴史があります。というのも、私の曽祖父が広島県で遠洋漁業の船長をしていて、その後祖父母が父やその兄弟と暮らしていた家は当時目の前が海の凄くいい場所だったそうなんです。それが、巨大な製鉄所を目の前に建てられて本当に空気の悪い埋立地になってしまいました。私自身はオーシャンビューだった頃のその家を見たことはないのですが、海沿いの暮らしを経験していたせいか父親は昔から「海の見える家を建てたい」「ヨットに乗りたい」と海への憧れをよく口癖にしていました。
私が大学院を卒業する際、父親に誘われてヨットで沖縄まで行くことになり、海上で3か月ほど生活をしたのですが、そのときに不思議な経験をしました。沖縄の宜野湾マリーナから奄美大島の向かいの加計呂麻等にオーバーナイトで2人でセーリングしたときのことです。デッキで1人でセールを調整しながらセーリングしていたら、360度すべてが海で、眺める景色や肌に当たる風のリズムの中でこれまで感じたことのない感覚を覚えました。「自然の中でリフレッシュした」という感覚を超越した言葉では言い表せないほどの高揚感でした。
その瞬間に痛感したのは「人類の歴史を遡ると人はほとんどの時間を自然にさらされて生きており、人間は、DNAや本能のレベルで自然の中にありたい」と感じているということ。そこから、自然との共生をテーマにしたい、という思いを込めて社名を「Nature」にしました。
IoTプロダクトで持続可能な社会の実現へ
-その経験が、エネルギーと自然の共生を考えるキッカケになったのですね。そこから製品やサービスの開発にどう繋がったのでしょうか。
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私は前職で、総合商社の電力事業開発に従事していました。大型火力案件に携わる中で、仕事はめちゃくちゃ楽しかったのですが、現在の電源供給の主力となっている石炭火力発電と原子力発電を、よりクリーンな電力にシフトしなければならないという使命感がどんどん強くなっていきました
そこから、幼少期から大学院までの間に積み上げてきていたコンピュータサイエンスの知識を活かし、Clean Techの分野で自分に何ができるかを考えたときに、IoT機器を通じた需給調整の仕組みなら自分の経験が活きるし、ベンチャーでも開発できるのではという発想に至りました。
当時は蓄電池やEV、エコキュートも今ほど普及しておらず、需要側の電力消費量が大きいリソースとしてエアコンとインターネットをつなぐ仕組みを構築しました。しかし単純に「電力を調整できる」という利点だけではユーザーに響かないため、2つのベネフィットを打ち出しました。
1つは家の外からでもスマホでエアコンが操作できること、もう1つはNature Remoとスマートスピーカーを連携させることです。
-そのアイデアを具現化する過程で、印象に残っている出来事はありますか。
印象的な記憶といえば、電力小売事業からの撤退ですね。当初からIoT機器を普及させた後に電力の小売り事業を展開しようと綿密に計画していたものの、残念ながら失敗に終わりました。
電力小売り事業では電力の市場価格に連動する、一般的な従量制とは異なるダイナミックプライシングを採用し、市場価格が高い時にはスマートリモコンでエアコンを自動制御して、電力消費量を抑えることができるプランを提供していました。グローバルな視点で見ても、これは非常に最先端で斬新な挑戦です。ようやく最近になってエネルギー業界では世界最先端のヨーロッパの企業が取り組み始めました。
ところがローンチしたタイミングで、市場価格がスパイク。弊社の取り組みは様々なニュースに取り上げていただき話題にはなったものの、発売初日の申し込み件数はたったの2件でした。タイミングが悪かったとはいえ、当時は非常に悔しい思いをしました。
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その後も電力の市場価格は高騰状態が続き、電力小売事業を展開していた企業が軒並み倒産していったと記憶しています。日本の電力小売では発電リソースを持っていなければ戦えないのだと痛感しました。
-そこから、どういう戦略で事業を立て直されたのですか。
初めからすべてのソリューションを提供するのではなく、やりたいことを部分的に始めようと、まずは電力小売事業を行う企業に弊社がサービスを提供することから始めました。
具体的には関西電力へのデマンドレスポンス支援サービスの提供や、東京ガスやauでんきとの協働など、まさに今パートナーシップをレバレッジして事業展開している最中です。
企業としては昨年12月でちょうど創業10周年でした。現在弊社には、業務委託やインターンを含めて全部で50人ほどのメンバーがいます。おかげさまで戦略が功を奏し、シリーズDラウンドの資金調達額は約12億円となりました。
ENEOSとEVを活用した実証プロジェクト開始
-ENEOSに対してはどのような印象をお持ちでしたか。
ENEOSがVPP事業を立ち上げてパートナーシップを探していたところに、弊社の取り組みや理念が合致したため、声をかけていただきました。
ENEOSは家庭のエネルギーマネジメントにおいて、非常に重要なピースであるEVに親和性の高い事業基盤を持っています。弊社としても、連携することで弊社の事業を加速化できると感じ、協業と資本業務提携に合意しました。
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-ENEOSに対してはどのような印象をお持ちでしたか。
ENEOSといえば、やはり「ガソリンスタンドの企業」というイメージですよね。ガソリンスタンドの企業といえば、海外を含め業態転換を進める企業が多く、そこに対して積極的に投資をしている印象を持っていたので、業務提携への高い期待値がありました。
弊社は2024年5月に、ENEOS Powerと三菱自動車の3社で「おうち de ENEマネ」という実証を開始することに合意したのですが、三菱自動車という一大企業を巻き込めたのはENEOSのおかげだと実感しています。「おうち de ENEマネ」は電力市場価格が安い時間帯にEVの充電を自動制御し電気料金の削減を目指すほか、自宅の太陽光発電を効率的に活用することで電力の自家消費の最大化を目指すプロジェクトです。
参考:「おうち de ENEマネ」プレスリリース 20240517.pdf
-ENEOSと協業していく中で、ほかに挑戦していきたいプロジェクトはありますか。
蓄電池として多様なポテンシャルを秘めているEVには、その性質を活用すれば、例えば太陽光の余剰分を吸い上げるといった需給調整が実現できると考えています。
また様々な公的資料を見ても、家庭向けエネルギーリソースの調整力の割合は2030年の時点で半分以上が家庭です。資源エネルギー庁が提唱するエネルギー計画からも分かるように、今後も再生可能エネルギーが増えていくことは間違いありません。EVを活用して需要側の調整力を高める仕組みを構築し、普及させていくことが弊社のミッションだと感じていて、そこを商用化までしっかりENEOSとやっていきたいです。
-自宅の消費電力量を把握している一般家庭はそれほど多くないと感じますが、1人ひとりが電力に対してより意識を高めていくためには、どのような戦略が必要でしょうか。
そうですね。私は、意識を高めるのではなく、経済合理性を正しく生み出し、自然とそこに誘導する仕組みを作ることが重要ではないかと思います。簡単にいうと、「これを導入すれば、これだけ安くなりますよ」という分かりやすい提案を明示することです。これを我々の技術やサービスで生み出していきたいですね。
最終目標は海上におけるカーボンニュートラルの実現
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-今後の長期的なビジョンや将来的な目標はありますか。
実は起業家人生の中で、死ぬまでに解決したいと思っている課題が1つあります。それは海上モビリティの電化と自動運転です。エネルギー分野における最終課題は海上におけるカーボンニュートラルの実現だと言われていますが、私個人としても、「塩出」という性の発祥が室町時代に起きた鞆の浦(広島県福山市。「崖の上のポニョ」のモデルとなった場所として有名)での座礁からの船出のエピソードにあるように、祖先から深く関わりのある海という存在に対してポジティブに貢献したい気持ちが強くあります。
現在ようやく陸上モビリティの電化が進んでいますが、海上モビリティの電化はまだまだこれからです。弊社でどのように実現できるかはまだ分かりませんが、海上におけるモビリティの電化と自動運転にも将来チャンレンジしていきたいと思っています。